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毎日がエイプリルフール

ほんわか楽しい小話をスキマ時間にどうぞ!

第13話 じょんがらブギ

子供たちと公園で遊んでいると散歩中の吉田さん夫妻を見かけた。二人は公園に入るとぼくに気づき軽く会釈をしてベンチに座る。

70を機に退職して、近所のレンタル農園を借りて晴耕雨読の毎日らしい。
ぼくはあることを確かめたくて二人のところへ行った。

「こんにちは、今年は夏祭りやるそうですね」

ぼくの住む町内会の夏祭りは、盆踊り、カラオケ大会、ビンゴ大会となかなかの充実ぶりだ。夜店はプロの店をはじめ、子供会、サッカーチーム、町内の有志と多くの出店がある。夏祭りの開始のカウントダウンは市長が行うのが恒例になっている。

そんな夏祭りもここ2年は流行病の影響で中止になっていたが、今年は3年ぶりの開催となる。もっとも盛り上がるのが、吉田さんも出たカラオケ大会。カラオケ大会と銘打っているが、カラオケのほかにもお笑い、手品などなんでもありで、審査員により金賞、銀賞などの賞が贈られる。吉田さんは3年前に「盛り上げたで賞」を受賞していた。

派手な着物姿で登場した吉田さんは満面の笑顔でお客さんに手拍子を要求。
「ハイ、ドドンパ、ドン。じょんがら音頭で、さあ踊ろう♬」

「ハイ、ドドンパ、ドン。ドドンパ、ドン♬」

ドドンパで手を叩き、ドンで両手を広げるポーズをお客さんへ要求する。
「さあ、みなさん、ご一緒に!」
吉田さんの笑顔に皆の顔もにこやかになっている。

「じょんがらっていうと青森出身なんですか?」
「私は東京生まれ。転勤族だからいろんな所に行ったけど、青森は行ったことがないなぁ。じょんがらって響きがいいからね。それだけなんですよ」
「、、、そうなんですか、、、今年も着物を着るんですか?」
「考えているところなんですよ。私は子供の頃から三波春夫に憧れてあのような着物まで作ってしまったのですが、今はエド・シーランにはまっていまして」
「えっ?エド・シーランってあのイギリスの?」
「ご存じでしたか。私は洋楽も好きで、昔ちょっとやっていたんですよ」とギターを弾く身振りをみせた。

なんて引き出しの多い人なんだろう。
三波春夫からエド・シーラン。今年の夏祭りを楽しみにしていることを告げて子供たちのところへ戻った。

 

夏祭り当日。
市長のカウントダウンとともに3年ぶりの夏祭りが始まった。
我が家も家族そろって出かけ、焼きそば、じゃがバター、あんず飴、くじ引きと夜店を楽しんでいく。子供たちは学校の友達にすれ違ってはバイバイを繰り返し、まれに大人とも会釈や手を振ったりしていた。誰?と聞くと、誰々のお母さんと教えてくれる。どうやらぼくよりはるかに顔が広いようだ。

子供たちは仲のいい友達と出会い、一緒に回りたいというので、時間と場所を決めて別行動となった。妻は近所に住む姉と行動するという。ついにはぼくひとりになってしまったが、これは好都合なことだった。カラオケ大会の時間がきたからだ。

カラオケ、ギター弾語り、漫談、手品、、、
吉田さんの登場が近づいている。ぼくの予想はやはりエド・シーランと踏んでいた。アコースティックギターを抱えて登場するだろうと。

「さあ、次は吉田邦彦さんの登場です!」

白いTシャツにブルージーンズ、サングラスにテレキャスター
ぶっとんだぜ、吉田さん。
その姿はまさにブルース・スプリングスティーン
後ろから吉田さんのご子息がアンプ類を持ってきてセットしている。

軽い会釈の後、ギターでリフをかき鳴らした。足元のペダルを踏むとリフは繰り返され、吉田さんの弾くギターと重なりサウンドが分厚くなった。
これってループペダルじゃないか!やっぱりエド・シーランだったのか!

「じょんがら、ブギー♬」
ぶっ飛んだぜ、吉田さん。

見た目はブルース・スプリングスティーン
ループべダルはエド・シーラン
奏でるサウンドはジャングルビート。そうボ・ディドリーのサウンドだ。
そして今年も「じょんがら」をやってくれた。

「じょんがら、ブギー! カモーン! ブギー!」

小気味よいジャングルビートに自然に体が動いている人たちがいる。
お酒の入ったお父さんたちは大盛り上がりで吉田さんのコールに応える。

「ブギー!」

エンディングでの右腕を大きく振り回しながらのギタープレイはまるでピート・タウンゼントだ。なんという引き出しの多さだ。あの穏やかな初老の吉田さんは今、ロックスターとなってぼくの目前にいるのだ。

ありがとう吉田さん。
そしておめでとう吉田さん。

「発表します。今年の金賞はじょんがらブギを歌ってくれた吉田邦彦さんです!」

 

 

第12話 忍者の末裔

親戚の義孝くんの結婚式で三重県伊賀市に行ってきた。
招待は父と母だったが、最後に会ったのは何十年も前だし、三重県に行くほどの元気もないので「お前代わりに行ってこい」という指令を受けた。
「ぼくなんて小学校の頃一度会っただけで覚えてもいないよ」
「どうせ人数合わせだから誰でもいい」

旅行がてらで前乗りで伊賀に行くことにした。
多くの人がそうだと思うが、伊賀と言って思い出すのは忍者しかない。そういうわけで伊賀流忍者博物館へ行くことに。

忍具展示、からくり屋敷と興味深く見ることができた。極めつけは忍術実演ショーで迫力満点。手裏剣が板に突き刺さる音は「おーっ!」と思わず声を上げてしまった。
その後は城下町お菓子街道へ。クーポン券がお得ということなので購入。さっそく忍者の携帯食だという固焼きと交換して、ポリポリかじりながら町並みを散策。素朴だけどうまい。大福、まんじゅうと交換しては次々と食べていった。どれも美味しかったけどさすがに口の中が甘くなった。

僕が座った式場のテーブルは人数合わせの人だけのようで知らない顔しかなかった。もっとも僕の場合は新郎の顔すら覚えていないありさまだった。
退屈さから後ろのテーブルのおばあさんの会話についつい耳をそばだててしまった。

おじいさんの忍者好きには呆れるという内容で、手裏剣やらなんやらがゴロゴロとある。「忍秘伝」なる服部半蔵が書いたと言われる本を読みふけったり、アメンボみたいに水の上を歩く水蜘蛛を作ったから池で試すと言って、池に入る前に転んで骨折して入院中であることなど。

「あいつも忍者の末裔なんだから、あんなにブクブク太らないでしゃんとしないとだめだ」方言もあってよく聞き取れなかったので、
おもわず、
「義孝くんって忍者の末裔なんですか?」
「うちのじいさんの家系がだからそういうことになるね」

てことは、僕とおばあさんは親戚ってことで、おばあさんのじいさんの家系ってことは僕もうっすらと血がつながっていることになるし、てことは僕も忍者の末裔ってことになるんじゃないの!?

帰りの新幹線の中で親父に電話した。
「そういえばじいさんが話していた気もするけど覚えてないなぁ。それよりお前の生みの親は忍者の出とか言ってたぞ。甲賀流とか」

5歳の時に離婚してぼくは親父に引き取られた。お袋がどんな人だったかも曖昧になっているが、一度だけお袋の田舎に行ったことがあった。
地名まで覚えていなかったが甲賀だったのか。
目をつぶって何か思い出せないか考えた、、、怒られた記憶が、、、

畳、掛け軸、壺、、、茶室のようなところだったのだろうか、小さな襖の奥に入った記憶が。通常は物入である場所は隠し部屋につながる入口だったのだ!
木箱の中にはひも状のもの、壁には板立てかけられていた。そこには、そうだあれは手裏剣だった。手裏剣が打ち付けられていた。
「なにやってる! そこでなにやってるんだ!」

おじいさんがいつの間にか背後にいて激しい剣幕で怒っている。
ぼくは泣き出してしまった。おじいさんは優しい声で
「この部屋のことは誰にも言っちゃだめだぞ」

おじいさんは忍者の末裔だったのかもしれない。甲賀流の忍者の末裔だったのかもしれない。
忍者なんて今まで考えたことがなかったことに直面してパニックになりそうだ。
整理しよう。

父親のお父さん、ぼくにとってのおじいちゃんの兄弟の孫の義孝くんが伊賀流の忍者の末裔。おじいちゃんの家系が忍者の家系であるっということは僕にも伊賀流の血が流れてる。

産みの親の母親のお父さん。ぼくにとってのおじいさんが甲賀流の忍者の末裔である可能性が高い。そのおじいさんの血が流れているぼくは甲賀流の忍者の末裔である可能性がある。

なんということだ!
これで謎が解けた!
よく人から足音がしないと言われる。
「いつの間にかに後ろにいるからびっくりした」と言われることがある。

子供の頃かくれんぼをするといつも見つからなかった。決して難しいところに隠れたつもりはないのだが、なぜだか最後まで残ってしまった。先日も子供たちを一緒にかくれんぼしたが、「パパもう出てきて!」と言われる始末だ。

そうだぼくは忍者の末裔だ。
伊賀流甲賀流の血が成せる技だったのだ!

第11話 ベンジャミン文庫

母はブログで恋愛小説を書いている。
ブログタイトルは「ベンジャミン文庫」
ベンジャミン好きの母らしいタイトルだ。
実家には数種のベンジャミンがリビングや出窓、トイレに置いてある。母の日にはカーネーションではなくベンジャミンを送るのが恒例になっている。

禁断の恋が中心のブログでファンもそこそこいるらしいく、ぼくもいくつか読んだことがあるが、自分の母親書く恋愛小説はなんだか読んでいて恥ずかしいくなったのを覚えている。

妻帯者の上司と事務員
教師と生徒
ママさんバレーのコーチとママさん
などなど

作品の特徴としてドロドロの関係というものはなく、叶わないとわかっている切ない胸の内を描くものになっていた。
ローマの休日」が大好きな母らしくちょっとコミカルな要素も取り入れていた。

もうひとつの柱になっているのが鬼嫁シリーズだ。怖くも愛らしい嫁と気弱な旦那が織りなす日常を描いている。
その中の「妻の呪縛とスイートピー」を読んだことがある。

おじいさんとおばあさん、息子夫婦と一男一女の子供という二世帯住宅。
定年退職しているおじいちゃんは70過ぎだが背筋はしゃんとして、年よりもはるかに若く見える。町内会長をやっていて町の世話役として人望がある。おばあさんは小柄で穏やか。息子はちょっと気弱そうでお嫁さんは子供会の会長、子供たちは礼儀正しい。

ある夏の夜、おばあさんは持病の悪化で亡くなってしまった。
喪が開けると一家は人が変わったような生活になった。
頻繁に外食に出かけるようになり、深夜まで明かりがついていることが多くなった。
七三分けにジャケット、スラックスという出で立ちのおじいさんは洗いっぱなしでボサボサの髪にジャージ姿でいることが日常になり、息子夫婦はおそろいのサングラスで出かけ、子供たちは近所の友達と大声で遊びまわっている。

優しそうにみえたおばあさんこそが、家族のお目付け役として、厳しく言動をチェックしていたのだ。タガが外れた一家はそれまでの反動もあって自由に、気ままに、ずぼらな生活を楽しんでいるようだった。

しかし、それも長くは続かなかった。
おじいさんは七三分けに戻り服装の乱れもなくなった。息子家族も以前のような規則正しい生活に戻っていった。おばあさんの呪縛から逃れることはできなかったのだ。
それから毎年花壇に種をまき、春になるとおばあさんが好きだったスイートピーを咲かせるようになった。

という内容だったが、どこかで読んだことがあるような気がしてならなかった。
妻の死、旦那の変貌、スイートピー、、、
そう、スタインベックの「肩当て」に酷似していないか?

皆から尊敬される農夫で背筋がしゃんとしている。
しかし奥さんがなくなった後は豹変して、飲んだくれのだらしない男になってしまった。伸びた背筋は猫背になっていた。肩当てをして背筋を伸ばしていたのだ。
栽培が難しいからと奥さんから禁止されていたスイートピーを畑一面に植えた。それには仲間の農夫も従わなかったが、みごと畑一面のスイートピーを咲かせてしまった。だがその間の一年というもの気が気でなくハラハラして過ごすことになったのは死んだ奥さんの呪縛によるものだった。

という感じの内容だったと思う。スタインベックの中でも地味な方な作品を母が読んで模倣したというのも合点がいかなかったのでいつか確かめたいと思った。

久しぶりに家族で実家に行ったとき母にこのことを問いてみた。
「そのスタンなんとかって誰よ。お母さんはハーレクインロマンスしか読まないわよ」
その答えにホッとした。母にスタインベックは似合わない。

母お手製のアップルパイはいつものように絶品で、子供たちもほおばっている。
コーヒーには砂糖の代わりにオリゴ糖を使うのは母の便秘症によるものだ。即効性はないだろうが、用を足したくなりトイレへいく。

鉢植えのベンジャミンがきれいだ。
その時ふと、あることが頭をよぎり、用を終えた後、母に聞いてみた。

「お母さん、ベンジャミン文庫って、もしかしたら、

便所じゃみんなうんこってことじゃない?」

「よくわかったわね」だって。






 

第10話 UFOがルイルイ

家の前で子供たちとキャッチボールをしていた時、かすかな耳鳴りを覚えた。慢性疲労とストレスからきているのだろう。休みでも子供に急かされ寝ていることはできないのだから。
今までも耳鳴りはあったが今回のはいつもとは違い、耳鳴りはどんどんと大きくなっていった。

「やばくない、この音。キーンって。すごい」

子供たちも騒ぎ出している。
これは、あの時ぼくだけ聞こえなかったモスキート音なのだろうか?UFO飛来したあの時、子供だけに聞こえたモスキート音が聞こえるようになったのだろうか?

空を見上げる。

うわぁぁぁ、、、マジかよ。

上空にはUFOが群がっている。重なり合っているようにも見える。

左:UFO群 右:拡大写真(機体に29の数字)

UFOが累累(るいるい)としている。
普段使うことのない「累累(るいるい)」という言葉が思い浮かんだ。
群れをなしたUFO群の速度は決して早いものではなく飛行機と同じ位の速度で、キーンという電子音を放ちながら西の空に消えていった。

すごい光景だった。娘たちは騒いでいる。下の子はあっけにとられてポカンと口を開けてその様を見つめていた。

「ねえ、パパ、なんか書いてない?なんか数字みたいの見えない?」

その時はなにも見えなかったが、撮った写真を拡大してみてひっくり返った。

UFOの機体に数字が書いてあるぞ!

アラビア数字は世界標準どころか宇宙標準だったのだ。インド数字に由来するというアラビア数字は地球から宇宙へと広まったのかもしれない。いや、宇宙人が地球へもたらしたものなのかもしれない。


「ママ、キーンだよ。パパでも聞こえたんだよ」

「やばいよね、あの数」

「数字はいくつまであるのかな?」

夕食の話題はUFOで持ちきり。矢追さんだってぶっ飛ぶよ。でも妻は前の時もそうだったようにクールだ。平たく言えば信じていない。まあ、いいさ。


その晩は寝付けなかった。
UFO群が頭から離れない。

UFOが累々(るいるい)

UFO
ルイルイ

UFO
ルイルイ

UFO♫
ルイルイ♫

おや、メロディがついてきた。
そしてUFOの代わりにやってきたのはピンクレディー太川陽介だ。
ああ、なんてこったぼくの頭はピンクレディーのUFOと太川陽介のルイルイの支配されてしまった。


UFOは1977年12月発売
ルイルイは1977年年7月発売

同じ年の発売なんだぁ。それにしても三ヶ月ごとに新譜を出しているなんてスゴい時代だなぁ。いつの間にかウィキペディアで調べていた。そしてついにはピンクレディーの動画、ローカル路線バス乗り継ぎの旅youtubeで見始めてしまった。あぁ明日休みでよかった。こうなった徹底的に見てやろうじゃないか。

UFOよ、今度ゆっくり向き合おう。今宵はピンクレディー太川陽介のものになってしまったのだから。

第9話 老人とエレベーター

スーパーのエレベーター乗り場でのこと。

先頭にいる老夫婦の会話。
「なんで上を押すんだ」
「だって上に行くんでしょ?」
「馬鹿だな、お前は。今上にいるんだから、下へ来いってやらなきゃだめだろ」

昭和を思わせる亭主関白ぶりに奥さんは何も言えずにいたが、救世主になったのはたまたま居合わせた清掃係のシルバー作業員だ。

「上行きたいなら上押してくださいね」

旦那さんは気まずそうな顔でプイとそっぽを向く。奥さんは作業員の方に軽く会釈する。その姿にはしりやったり感はなく、あくまてまも控えめだ。

それにしてもエレベーターを呼ぶという考え方は面白い。行く方向を示すのではなく、まずお前がこっちに来いという姿勢はやはり関白ぶりがうかがえる。

別の日 同じスーパー
エスカレーター前で躊躇する老夫婦。あの時の二人だ。
どうにか乗ることができた夫婦の会話が聞こえてくる。
「馬鹿だな、お前は。イチ、ニイ、サンで乗ろうとするからタイミングが合わないんだイチ、ニイのぉでタメを作ってサンでドンニイのぉでタイミングをとってサンでドン」

まるでどっかの解説者みたいだ。

エスカレーターに乗るのにカウントをとるということは1段目が出たところでイチ、2段目でニイ、そしてためを作って3段目で乗るということだろうか。

なるほど老人にとってエスカレーターは難しいものなのか。
通勤途中の乗換駅で長いエスカレーターを使っていて、スピードの遅さからもっと高速になったらいいのにと思っていたが、その考えは独りよがりであることに気づいた。
お年寄り、小さい子、ケガをしている人、、、そして安全性のこともあって建築法令で速度がきまっているらしい。

子供たちと文具、食品を買ってエレベーターへ向かう途中で再び出会う。左手通路からあの老夫婦も買い物が終わって帰るところだった。

エレベーター横の青果店にフト立ち止まるご婦人。
「あら珍しい、イチジク。おいしそうね、、、あっ、いけない、石鹸買うの忘れた。あなた、ごめんなさい。すぐに買ってくるので待っていてくれませんか」

旦那さんは黙ってうなづく。
小走りに戻って行くご婦人。
旦那さんは奥さんの後ろ姿を見送ると青果店へ入っていった。

「パパ早く!来ちゃうよ」
エレベーターの前で子供たちが催促する声。
やむを得ず歩きだすが、どうしても確認したかったぼくは思わず振り向いてしまった。その手にはイチジクの袋があった。

ぼくは自分の口元から笑みがこぼれるのを抑えられなかった。
そんな形でしか感謝の気持ちを表せない不器用さ。奥さんもそれを分かっているにちがいない。。
きっと何も言わずに奥さんに差し出すのだろう。

「ごめん、お待たせ。なんで、上も下も押してんの?」
「こいつが押すんだよ」長女が下の子を指さす。

エレベーターよ、下へ来い、俺は上に行く、ってか。

 

 

第8話 金柑とキンカン

同じ読みでも違うものは沢山ある。

雨と飴。花と鼻。紙と髪、、、

それによる勘違いというのもある話しだ。学生時代にアルバイトで一緒に面接を受けた山田くんは、面接官から以前やっていたアルバイトは定期でやっていたのですか?の問いに、

「いえ、切符です」と答えた。

いや、話の流れから定期的にという意味でしょう。完全にツボに入ってしまい、笑いを堪えるので大変だったことがあった。

山田くんとはそれから2年間卒業するまでアルバイト仲間して楽しい時を過ごしたが、卒業を期にUターン就職してしまった。山田くん元気にしていますか?

 

最近、同音異義語による勘違いで驚いた事があった。

頭痛持ちのぼくは頭痛薬を常用している。薬を飲み過ぎたことにより気分が悪くなることがあるので、一人暮らしの頃にキンカンをこめかみや肩に塗る事があった。そうするとスーッとする事で、頭痛が気持ち和らぐ。

結婚を期にその習慣は無くなっていたが、今回の厄介な頭痛は寝ても治らずぼくを苦しめていた。その時、昔キンカンを使っていた事を思い出した。

スーパー買い物に行くという妻にキンカンを買ってきてもらうよう頼んだ。

はい、と妻から渡されたものに目がテンになった。

「えっ?これなに?」
「金柑だけど」

「これじゃなくて、ムヒみたいなやつのことだけど、頭痛いっていったじゃない」
「頭痛でなんでキンカンなの?」
「スースーして頭痛い時使わない?」
「使わないよ。単に金柑食べたいのかと思った。今時期だし」

キンカンって頭痛に使うと思っていたけど、改めた調べてみると効能は「虫さされ、かゆみ、肩こり、腰痛、打撲、捻挫」とあって頭痛とは書かれていなかった。

あれっ?頭痛に使う人いないのかな?
変わっているのはぼく?

金柑はまん丸で小さな形をしていて、まじまじと見るのはこれが始めてだ。可愛らしく美しいフォルムだ。

丸ごとひとつ口に放り込むと、その可愛らしさとは裏腹に苦味を帯びてる。次のひとつは前歯で噛み切ると今度はまず甘味を感じた。この小さな果物は実に豊かな味わいがあるものなんだな。僕はウッドデッキで風に吹かれながらまたひとつ、そしてまたひとつと口に運んでいった。

食べ終わる頃には心地よい睡魔に襲われて深めの椅子に座ったまま寝てしまった。1時間ほど経っただろうか、スズメの鳴き声で目が覚めた。こんなに気持ちのいい昼寝は始めてだ。

おや?頭痛が治まっている。
金柑の効能?

金柑が直接頭痛に効いたかはわからないけど、その一端をになってくれたことは間違いない。
うん、金柑、いいもの見つけた。きんかんはキンカンだけじゃないだね。

第7話 うんがつく

15歳になるアメリカンコッカースパニエルと暮らしている。すっかりおばあちゃんになって寝ていることが多くなった。締まりも悪くなっているようで、うんちを所定の場所でした後もポトポトとこぼれうんちが床に落ちている時がある。うんちをした時は回りに注意!が家族の暗黙のルールになっていた。

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それでも数ヶ月に一回は誰かが踏んでしまう。なんとも言えない気色の悪い感触は他に例えようがない。この時の被害者は次女で椅子の影に隠れて見えなかった物体を踏んだ途端に悲鳴をあげた。靴下は洗ったもののもう履く気はないというので、スーパーへ買いに行くことになった。

代わりの靴下をレジへもっていくと近くに花火のくじ引きがあったので運試しでやってみたら?と娘に500円玉を渡した。箱の中から三角のくじを引き半円状に破っていくと、そこには一等の文字が。

パパ、一等だよ!

筒状のビニール袋の中には手持ち花火から打ち上げ花火までたっぷりと入っていて、その晩は近所に住む妻の姉家族と一緒に花火を楽しんだ。

それから数ヶ月が過ぎて次は長女が被害者になった。物体が足にこびりついた娘を抱えて風呂場へ行き、石鹸で何度も洗わされることになった。妹が踏んだ時、花火のくじで一等だったことを思い出し長女に話すと「私もなにか試してみたい」という。

ショッピングモールへ行くと手頃なくじをサンリオショップで見つけた。一等のキャリーバッグから、ぬいぐるみ、弁当箱、シャーペン、ポーチ、グラスと商品が並んでいる。

引きの強い次女に比べて、長女 僕に似て引きが弱い。どうせグラスあたりだろうと鷹を括っていたら、

パパ、一等だよ!

長女はキャリーバッグをゲットしてしまった。

運がつくなんてあるのろうか?偶然にしてはできすぎている。それからもワンコのポタうんちは続いたが、さすがに自分から踏みに行くことはできなかった。

その時が来たのは月曜から金曜までほぼ終電になった時の土曜日の朝だ。眠気まなこのままリビングに入った時、

パパ、危ない!

娘の声を聞くと同時に足の裏にはあの恐ろしい感触があった。やってしまった。朝からついていない。シャワーで流しながら忌まわしい思いと試す時きた期待感が交差していた。

朝のテレビの星座運勢 獅子座12位

クラッチカード 必ず出る5等が一枚

スーパーのガラポン テッシュひとつ

・・・なにもなかった。

まぁこんなもんか。
なにも起こることなく家に戻る。

「お茶いれたよ」と妻の声の後に、
「パパ、すごいよ!」と娘たちの声。

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茶柱がいっぱい!」
「なんかの形みたいじゃない?」
「北斗七星!」
「パパ、よかったね! やっぱりいいことあったじゃない!」

これってなんか違う気がするんだけど、、、

 

第6話 ジョン、ポール、ジョージ、アップル

僕の親父はビートルズ来日公演に行ったことがある。都合の悪くなった知り合いからチケットをもらって行ったものの黄色い声ばかりで演奏はまともに聞こえなかったと言っていたが、事あるごとにこの日のことを楽しそうに話している。

小学校3年生の時、親父に「4人はアイドル」のアルバムを買ってもらった。歌詞カードに載っている4人の写真の下にジョン、ポール、ジョージ、リンゴと教えてもらった名前を書いてから、4人はぼくのアイドルとなり何十年と聞く続けることとなった。

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ビートルズと出会って何十年という時が過ぎ、子供が学校でカッコいい歌を聞いたと歌ってくれた。「あかるい みなみのまちの~♪」どこかで聞いたことがある。これって「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」じゃない?日本語の「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」があることに驚いたが変わらずに良い曲だ。

ネットでビートルズのCDを見せて、この人たちがビートルズで、ジョン、ポール、ジョージ、リンゴの四人がいてすごい歌をいっぱい作ったことを話し、ビートルズの曲を数曲流したが、結局「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」だけを繰り返し聞いていた。この曲の思い出は中学校の頃、林間学校のフォークダンスで流れていたことかな。女子と男子が入れ替わりで手をつないでいくダンスに少年たちはドキドキしていたなぁ。

お絵描き好きの下の子が書いたビートルズの似顔絵を見てひっくり返ったことがある。「レッド・イット・ビー」のアルバムジャケットの似顔絵の下に書かれていたのは、
「ジョン、ポール、ジョージ、アップル」

今時の小学生は低学年から英語を習っていて、リンゴ=アップルは早い段階で出てくる英語だ。かつビートルズのアルバムジャケットにはリンゴのイラストが載っていることもあって、僕がリンゴといったのをアップルと解釈したのだろう。

ちなみにリンゴ・スターの本名はリチャード・スターキー。日本を意識したわけではないだろうが、「リンゴ」「スター」という日本人にもめちゃ馴染み安い名前になっている。それにしても「アップル」にはひっくり返った。

ビートルズ解散後(僕はリアルタイムでビートルズを知らない)のメンバーの楽曲もビートルズ同様に楽しんでいた。悲しい最期を迎える直前に出たジョンのアルバムは優しさを感じる名盤、ポールのウイングス時代の曲はキャッチーなメロディの名曲多数、ビートルズ後期から才能を開花させたジョージの曲は開放させたかのように伸びやかだ。しかし、アップル、いやリンゴの曲だけは聞いたことがなかった。聴こうと思ったこともなかった。

AMAZON  MUSICでさっそくリンゴ・スターを検索。おーっこんなに多くのアルバムを作っていたんだ。短髪にサングラス、ちょいワルオヤジ的で格好いいぞ。そして僕はある事実にに気づいた。ピースサインをしているアルバムジャケットがなんと多いことか!なんと美しいピースサインなんだろう!

リンゴは医者いらずという諺があるが、リンゴのピースサインは疲れ切って挫けそうになっていた僕の心を浄化してくれた。それ以来僕は写真に写る時は欠かさずピースサインをすることにしているが、リンゴの域には到底及ばない。

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ピースサインに心奪われ、リンゴ・スターの音楽のことはすっかり忘れてしまっていたが、いずれまた聴くことがあるだろう。Hey!  Ringo! その時までには、少しはいかしたピースサインができる様になっているよ。

 

 

 

 

第5話 ジョニー・ピー・グッド

親父の実家は長野県安曇野市で代々続くりんご農家だが、8人兄弟の7番目の親父は実家に残ることはできずに中学を卒業すると同時に集団就職で東京に来た。子供の頃は家族で夏休みに遊びに行ったりしたもしたけど、最近では冠婚葬祭に行く程度になった。

家業を継いだ長男の十三回忌にすっかり足腰が弱った親父の代わりに家族旅行がてら安曇野市に行くことがあった。平成の大合併で市になったものの元は村だった土地はやはり村というにふさわしい。久しぶりに訪れた親父の実家は建て替えをして綺麗になっていたが昔の面影は残していて懐かしさが込み上げくる。四方を山に囲まれた土地に子供たちも興奮気味だ。

十三回忌の施主は僕と同い年のよっちゃん。すっかり頭が薄くなっている。お姉さんのけいちゃんは白髪が目立ち、岐阜に住む二つ上のたかちゃんは太鼓腹になっている。法事も無事終え、初対面でぎこちなかったおじいちゃんの孫たちは広い庭で賑やかに遊んでいる。

一息ついたところでよっちゃんが物置を新調するので片付けを手伝ってほしいとの申し出に物置へと向かう。僕が子供の頃からある物置は相当くたびれて、雨漏りを防ぐ修復の後があちこちにある。

お宝発見という類のものはありそうもなく、いかにも引き出物らしい食器セットや工具、出納帳などが雑然と積み重なっている。古びた菓子箱から数冊のノートがあった。

「よっちゃん、誰のかな?」
「親父の字だよ。そういえば日記をつけていたことがあったみたい。飽きっぽいから続いてたのかな? 後で仏壇に置いておくよ」

ひとしきり整理して大半は処分する山の中へ収まった。今度来る時はこのおいぼれの物置はないのかと思うと寂しさを覚えた。

「ありがとう、さあ一杯やろう」

酒好きのよっちゃんとたかちゃんは弱くなったと言っても僕から見れば底なしだ。僕は二、三杯付き合った後で、気になっていたおじさんのノートを読むことにした。

大半はりんごに関することで、台風で被害にあった事、新種を開発して品評会で特選をとった事、おじさんのリンゴにかけた思いが伝わってくる。子供たちの成長についても多くのページが割かれていた。

僕の目を引いたのは、懐かしい友達から頼りが届いたという書き出しで始まった日の日記だ。それはジョニー・ピーさんに関する回顧文でもあった。

おじさんは若い頃やんちゃで家業を継ぐ気はなかったようで沖仲仕をやっていた頃に出会ったらしい。外国人船員を相手に軽食を出す店でジョニー・ピーさんは働いていた。正確にはジョニー・ピーターソンといったがもう一人ジョニーさんがいたことで混同をさけるためジョニー・ピーと呼ばれていた。

毎日のように通っていたおじさんとジョニー・ピーは同い年だったこともあって打ち解けあい、ジョニー・ピーさんは口癖のように「グッド!」といっておじさんを喜ばせた。そういえば子供の頃おじさんが何かにつけて「グッド!」と言っていたことを思い出す。

出会ってから一年ほどたってジョニー・ピーさんは母親の病気が悪化したため故郷のセントルイスに帰ることになった。港まで送ったおじさんは固く握手を交わしてさよならの代わりに「グッド!」と言い合ったと書いてある。

ジョニー・ピーさん あんたグッドな人だよ

セントルイスに帰ったジョニー・ピーさんは母親のの看護を終えた後バンドの運転手兼ローディーとして働いたと書いてあった。日記のページをめくると一枚の写真がこぼれ落ちる。それはジョニー・ピーさんがバンドリーダーからもらったというギターの写真だ。

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ぼくはハッとした。ギターはおそらくギブソンES-335、ジョニー・ピーの故郷はセントルイス。日記は1960年。この情報からひとつの仮説を立ててみた。

ジョニー・ピーさんは同郷のチャック・ベリーのところで働くことになった。ジョニー・ピーさんの話を聞いたチャック・ベリーは1958年「ジョニー・B・グッド」を作ってヒットさせた。そのお礼に愛用のギターをジョニー・ピーさんにプレゼントした。

ピーをBに変えたのは歌ってみると分かるがロックンロールにふさわしい響きがある。ただおじさんの日記にはチャック・ベリーの記述はなく確証できるものはなく想像の域を超えることはできないが、僕は胸の高鳴りがおさまらなかった。

古びた写真の裏に擦れた文字があった。

kazuo  good!

 

第4話 トム・クルーズと牛丼

バラエティ番組でタレントが来店した時の写真やサインが店内に掲げられているのはしばしば見る光景だ。僕が住む片田舎でも例外ではなく、ラーメン屋、佃煮屋、定食屋でお笑いタレントや元スポーツ選手が店主とにこやかに写っている写真を見ることができる。

隠れ家的な店にお忍びで芸能人が来ているなんていうのも聞く話で、芸能ニュースが好きな妻は「〇〇ちゃんってこういう店が好きなんだぁ、意外」と興味津々。

僕が遭遇したのは半端な有名人じゃない。
僕が遭遇したのは、トム・クルーズだ。
それも僕が住む片田舎の駅前にある松屋

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それはトラブル処理で忙しく昼食も取れず空腹に耐えきれなくなり、帰宅前に松屋に飛び込んだときのことだった。

左隣の客が外人であることはすぐにわかった。珍しさからチラッと横目で見た。うそっ?!

レイバンのサングラスをかけた外人は牛丼をかっこんでいる。嘘だろ?外人のアゴの感じ、サングラスの脇から覗く目。汗がどっと湧き出てきた。

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スクリーンの中で見たトム・クルーズが今僕の横で牛丼を食べている。いやいや、ありえない。落ち着こう。大体マネージャーらしき人がいない。ハリウッドスターが一人で片田舎のチェーン店にいるはずがない。お忍びで来るなら有名店、この辺りなら「裸の大将」で知られた画家の山下清がかつて働いていたこともあったという駅構内の立ち食い蕎麦屋弥生軒」。いやいやそれもないでしょう。しかし唐揚げ蕎麦をかっ喰らうトム・クルーズは想像しただけでも格好いい。

牛丼を見つめながらどれだけの時がたっただろう。千載一遇のチャンスを逃してしまうぞ。ついに僕はその男性に声をかけてしまった。

「アー・ユー・トム・クルーズ?」

すると男性はぼくのことをチラッと見て

「イエス、アイム・トム・クルーズ
と応えてくれた。

さらにぼくは拙い英語で「ミッション:インポッシブル」が大好きです、と伝えると。
トム・クルーズは「ミー・トゥー」と言ってサングラスを少しずらしてウィンクをしてくれた。

ああ、もう十分だこれで十分だ。なぜここにいるとか知る理由があろうか?ここで牛丼を食べていたという事実だけで十分だ。

トム・クルーズは僕の肩をポンと叩いて店を後にした。後を追いかけるよな無粋な真似はしない。僕はまだほとんど手をつけていない牛丼を片手にトム・クルーズ気取ってかきこんでいった。トム、またいつの日かここ松屋で会おう!

第3話 回転レシーブ

中学時代バレー部だった。
一生懸命やってはいたけれど、三年間を通して補欠でレギュラーになることはなかった。

顧問の権藤先生は変わり者で、回転レシーブに異常な情熱を注いでいた。その情熱は常軌を逸していて、練習の半分を回転レシーブにあてるほどで、前転、側転のマット運動を取り入れていた様を見て、他の学生たちは回転レシーブ部と揶揄していたりもした。

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ある日の試合のこと、全国大会にも出たことがある強豪校相手で、到底僕たちが太刀打ちできるできるわけもなく大差で負けたが、試合後のミーティング権藤先生はその結果に触れることはなく、何度か回転レシーブを決めたレギュラーたちをほめ上機嫌だったことを覚えている。

バレーボール部でレギュラーになることはなかったが、足が速かったぼくは学校代表で400メートルリレーの選手に選ばれ、中学総体にでたことがあった。その足を見込まれ野球部の同級生から代走要因として試合に出てほしいと頼まれた。

9回裏2アウト、デッドボールで出塁した先輩の代走に出た。サインは自分のタイミングで盗塁できる時にする。僕の緊張もマックスだったが、ピッチャーのモーションが大きいのを見逃さなかった。

よしいける。ほくは果敢にヘッドスライディングで二塁ベースへ。そして、ベースタッチ、一回転、立ち上がる、オーバーラン、タッチアウト。二塁ベース相手に回転レシーブしてしまった。その後野球部から誘いがかかることはなかった。

それから何年の時が過ぎただろう。大人になったぼくはバレーと関わることなく、忙しい日々を送っていた。その日も終電近くまで働き家路を急いでいた僕の目前に、ブレーキ音を立てて迫るトラックとヘッドライトに照らされ立ちすくむ三毛猫が現れた。考えるよりも先に体が動いていた。三毛猫に向かって飛び込む、右手ですくい上げる、抱き抱える、一回転する、立ち上がる。

馬鹿野郎! 死にてぇのか!

トラックの運転手の怒号が響く。

「ニャー」猫がこたえる。

運転手の口元が緩み、親指を立てた

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「あんた、やるしゃねぇか」

初めて回転レシーブが役立った時だった。

第2話 UFO飛来

子供たちと近所の公園でフリスビーで遊んでいたとこのこと。
「キーンって聞こえない?」
「なにこの音・・・」

ぼくにはまったく聞こえない・・・。若者にだけ聞こえるというモスキート音だろうか?通学途中のお年寄りの家の前を通るときも子供たちは同じように「キーン」という音が聞こえると言っていた。猫退治でモスキート音を出す装置があるらしいが、家の近くでそんなことを言うのは始めてだ。

ふと空を見上げると、皿のような形の物体が雑木林に飛んでいった。

「UFOだ!」

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思わず声を荒げてしまった。

UFOは放物線をえがくのではなく、ある高さまでいった後、まるで風に押し戻されているかのように雑木林の向こうにほぼ垂直に消えていった。

UFO発見と同時にフリスビーを紛失しまったことで僕たちは遊ぶことをやめて家にもどった。そして妻にUFOのことを話したが、スマホ片手に「ふううん、そうなんだぁ、なんかの間違いじゃない?」と興味なさげな返事が返ってきた。

いいさ、この興奮は実際に見たものだけした味わえないのさ。

 

寝床に入っても興奮は冷めやらずにいた。
ふた月くらい前の確か雪が降った日の翌日、子供たちが同じように「キーンとする」と言っていた時があったのを思い出した。そうだ、前日雪が降ったにもかかわらず気温が上がったことで、家の前の道路の雪はほぼとけていたのでバドミントンをやったんだ。

まさかとは思いながら、スマホの写真を調べてみた。
嘘だろ、こんなことが、、、ぼくはスマホを持つ手が震えるのを抑えられなかった。

UFOは二か月前にも来ていた!

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雑木林の向こうに消え入りそうなUFOは今日の皿形とは違い三角形をしていた。
翌朝、妻と子供たちに写真を見せたが、「ふううん、なんかよくわからないよねー、レンズの汚れとか」とそっけない反応。
なにが、「ふううん」だよ、わかってないよ。やれやれだよ。怖くて言えないけど。

次の休み久しぶりにバドミントンをやろうとしたが、シャトルがなくなていることに気づき、イトーヨーカドーシャトルとフリスビーを買いに行った。
あー、モスキート音が聞こえたらいいのになぁ。
あと、現れるならもっとはっきり出てほしいよ。まったく。

 

第1話 バッテラ日和

バッテラ研究の権威  二階堂先生がバッテラ指数を発表したのは先月のこと。

天気、温度、湿度、風などからバッテラを食べるのにふさわしい日を5段階であらわした指数はバッテラ愛好家の間で話題になっていた。

今日の天気はどうだ。
春の柔らかな暖かさに桜が青空に彩を添えている。

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二階堂先生のサイトと見るとぼくの住む地域はやっぱりバッテラ指数5。

今日はバッテラ日和だ。

バッテラ仲間の後藤さんからLINEが届く。龍ヶ崎にあるバッテラ専門店「吉住」への誘いだ。無論断る理由はない。常磐線から関東鉄道に乗り換え龍ヶ崎駅に降り立つ。間口一間ほどの小さな店の傍らには「バッテラ日和」ののぼりが立っていた。

「先生も面白いこと考えるよねぇ」と、ニコニコ話す「吉住」の主人は二階堂先生とは旧知の中だ。つい一時間ほど前に先生も来ていたらしい。あぁお会いしたかったなぁ。

会計を終え店を出ようとした僕たちに「よお、久しぶり」と声をかけてきたのは週に三日はバッテラを食べるという筋金入りのバッテラ好きの安蔵さんだ。指数とか研究とかには関心がなく、バッテラは旨いから好きと、物事の本質をシンプルに語る安蔵さんは竹を割ったような性格で気持ちのいい人だ。

その後、吉住から歩いて五分ほど安蔵さんの家にお邪魔して、庭先でバッテラを食す。

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うまい! バッテラ最高!

「さば寿司もいいけど何貫も食べられないよね」
「昆布がいい仕事してるよ」
「気軽に食べられるバッテラがいい」

後藤さん、安蔵さんと毎度おなじみのバッテラ話にも花が咲き、楽しいひと時が過ごせた。